備忘録@つくば

街のこと/見たもの/音楽のこと

音楽が、一番上。

去年の10月に『アルルの女』のオーケストラを指揮したマダムが主宰している音楽教室の演奏会に行ってきた。先生であるマダムも出演する上入場無料とあれば行くしかあるまい。そして会場はなぜか古河。
125号線をひた走る。みぞれ交じりの雨。
地元の人らしきおじさんが、グレーのダウンベストに腕を通さずに羽織ったまま、ファスナーを一番上まで上げて着た状態で歩道を歩いていた。リアルゼルエル

会場に着くや否や、エントランス脇の喫煙所で煙草をふかしつつ携帯でフランス語で何かまくし立てているマダムを発見。出演者なのにそんなとこで何やってるんですかマダム。っていうかやっぱりやめられないのね、煙草…。

演奏の前に、マダムの挨拶があった。
演奏会に先生と生徒が一緒に出演することはごく自然なこと。日本では先生と生徒の上下関係の隔たりが大きすぎるけれど、私は『先生』と言っても『先』に『生』まれたというだけで、少しは生徒たちより歴史が長いかもしれないけれど、ただそれだけ。音楽が、一番上。私たちは、そこにみんなで向かっていくのです。
こんなことを堂々と言ってのけられる先生が、果たして世界にどれだけいるのだろうか。初っ端から不意打ち的感動を食らって一人泣きそうになっている私をよそに、出演者がどんどん出てきた。五重奏曲なのになぜか7人くらい出てきた。そのうちの一人はなぜかバンドネオンを携えたえんじにあ氏。あれ、今回マダムのアシスタントで来るとは聞いてたけど、プログラムに名前出てないよねえ…。

その後も、マダムの解説や踊りが入ったり、譜めくりの人がいなくてピアノの方があわあわしたりと、終始自由極まりない演奏会だった。えんじにあ氏は前の晩、五重奏曲の練習中に「これじゃハーモニーが足りないからあなたバンドネオンで出て」と突如としてプログラムに組み込まれ、当日の昼、湘南新宿ラインの中で必死で楽譜をさらったらしい。フリーダム。

マダムのヴァイオリンとヴィオラは、さすがにお年もあってか音量はやや小さめだったものの、京都の料理屋の砥ぎたての包丁(想像)のような上品な切れを感じた。
しかも、午前中に東京の教室で生徒を5人教えてから午後古河に移動して演奏会で3曲をこなし、それから神奈川のご自宅までお帰りになるという。これだけのことをやり遂げられる力の源はすべて、ただひたすら音楽に向かうという、彼女にとっての最優先事項からきているのだろう。

私が帰るときも、マダムはまたエントランス脇の喫煙所で煙草をふかしていた。お願いだから、次に会うときまで元気でいてくださいよ。